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zoom RSS 三つの温泉―榊原・昼神・南知多―の旅 @

<<   作成日時 : 2017/06/21 22:06   >>

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三つの温泉選び
静岡県の三つの温泉の旅に続き、同じ6月、欲張って、三重県、長野県、愛知県のほとんど関連のない温泉地でそれぞれ一泊し、3泊4日に旅を楽しみました。

三つの温泉とは、三重県の「榊原温泉」、長野県に「昼神(ひるがみ)温泉」、そして愛知県の「南知多温泉」です。
旅資金を有効に使いたいと関西地区に限定して温泉を探してみると、「榊原温泉」を初めて知りました。古くからある温泉の「有馬温泉」「玉造温泉」と併せて三大名泉の一つとされています。三大名泉のなかでは知名度が劣るだろう「榊原温泉」は、実際に訪ねて「田舎の温泉」でした。
昼神(ひるがみ)温泉(「昼神温泉郷」ともいう)は、先の諏訪湖の旅で中央道のとても長い「恵那山トンネル」を中津川から東に抜けたところで、初めて聞く「昼神温泉」の道路案内を見ました。調べてみると1970年代に開発された大規模温泉と知り、訪ねることにしました。予想外に立派な温泉街でした。
南知多温泉(または「南知多温泉郷」)は、昼神温泉の帰路、伊勢湾の渥美半島ではないもう一つの半島「知多半島」を回ってみようとルートを調べると、半島の先端のあたりから西海岸にかけて比較的規模の大きい温泉旅館やホテルが点在しているのを初めて知りました。この温泉地はさらに新しく1980年代に開発された温泉宿泊施設群です。
結果的に、当初の1泊2日が3泊4日になりました。

1日目

笠置町
画像榊原温泉は、京都から車で直行すると2時間ほどで着きます。目的地まで寄り道や遠回りしてドライブを楽しみ、いくつかの想定外の発見がありました。
自宅から阪神高速8号京都線、第2京阪道路、京奈和(けいなわ)自動車道の高速道路を走り継いで、精華町の「精華下狛(しもこま)インター」で一般道に降り、木津川を渡り、国道24号線(京都市・和歌山市間)に移り南下し、木津川の泉大橋の手前で163号線(大阪市・津市間)に移り、川の右岸に沿って東に走り、笠置町に入りました。
京都府の南端あたりに位置する笠置町は、なじみがなく、今回京都府の一部と確認しました。笠置町役場のあたりから対岸をみると古い大きな木造3階建ての旅館らしい建物があり、確かめたいと木津川に架かる笠置大橋を渡り行ってみました料理温泉旅館「笠置館」で廃業した様子でした。笠置町商工会のサイトには紹介されており、最近まで営業していたようです。さらに関西本線の高架橋の下をくぐると古い町並みが続いていました。伊賀街道の一部で、かつ伊勢参りで栄えたことがあるそうです。この町並みの一角に「わかさぎ温泉笠置いこいの館」が在りました。全国、各地でよくみかける自治体主導で開発した日帰り温泉施設でしょう。時間が早く、入浴しませんでした。

南山城村
画像笠置町の東隣りが南山城村で、京都で唯一「村」を名乗る自治体です。人口は2500人余。村内を移動していると新たに整備された国道163号線の道路沿いの新しい立派な道の駅「お茶の京都みなみやましろ村」が在り、寄りました。今年4月オープンしたそうで京都府かで一番新しい道に駅でしょう。ここで南山城村産の「宇治茶」が売られていました。
いったい宇治茶とは何なのかとネットで調べると、公式の宇治茶の商標登録証を見つけました。2007年の特許庁登録証によると「京都府・奈良県・滋賀県・三重県の四府県産茶を京都府内業者が京都府内において宇治地域に由来する製法により仕上加工した緑茶」とされています。この概念を決める苦労の後が感じられます。
道の駅には村内外の業者が宇治茶関連に商品を多数販売していました。そのうち冷たい緑茶を一杯飲みました。適度に甘い濃厚な味の確かな冷水抹茶でした。

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伊賀焼
画像国道163号線をさらに東に走り、伊賀市内に入りました。地元では「伊賀上野」ではなく、単に「上野」と自称し、自治体名は「伊賀市」です。私は忍者に関心はなく、ランドマーク的な伊賀上野城に入り口に着きました。城の見学は有料で駐車料金を合わせると1000円になり、金を払って観るほどのことはないだろうと、城の周辺の車で移動しました。すると「伊賀焼の店土味(どみ)」を見つけ、路上駐車して入ってみました。若い女性の店員一人と店内で作陶している女性一人が居ました。伊賀焼の特徴を伺ったところ一つとしえ松の葉による緑色の釉薬によらない着色と言うのです。私の好みに合った茶碗を買いました。茶色の器の底に澄んだ緑色がありました。地理的にも近い「信楽焼」の流れを汲むものではないかと推測しました。

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メナード青山リゾート
画像伊賀上野からそのまま東に走ると榊原温泉に着いてしまうので、伊賀市南部に回り道を「全国道路地図」で探しました。南部の山中に初めて聞く「霧生(きりゅう)温泉」の温泉マークを見つけました。鄙びた温泉だろうと向かいました。関西本線の「伊賀上野駅」と近鉄大阪線の「伊賀神戸(かんべ)駅」を繋ぐ私鉄「伊賀鉄道」の「伊賀線」に沿って南に走りました。その伊賀神戸駅の前で「霧生温泉メナード青山リゾート」の看板があり、霧生温泉とはこのリゾートのものらしいと理解しました。
このリゾートに至る山道は整備状況がまったく不揃いで、広い片側一車線の道もあれば、車一台がやっと通れる危ない道もありました。こんな道の先に温泉リゾートが在るのだろうかと疑いました。
ところが突然、高原に拡がる光景は想定外でした。メナード青山リゾートは、三つの宿泊施設―ホテル二つとの旅館一つ―、自然文化村、ゴルフ場、テニス、プール、ハーブガーデン、フレンチ、和食、そばなどの食堂といった施設群から成るのです。
画像1959年、名古屋で化粧品製造販売企業として創業したメナードは、1976年に多角経営の一環としてこの青山高原(伊賀上野市東部から津市西部にかけての高原一帯をいい、木津川の源でもある)の南部でリゾート経営を始めたのです。その後、規模を拡大しながら現在の「メナード青山リゾート」があるというのです。
施設群の一つ「ホテルシャンベール」で日帰り温泉に入りました。ほとんど貸し切り状態の露天風呂で寝そべって過ごしました。その後、ホテル内のフレンチレストランで昼食を頂きました。メインチキン料理しかなく、あまり美味くは無かったのですが。シェフの腕は確かだと受け取りました。人里離れたリゾート地で客が少ない時期に各種の新鮮な食材を用意するのは難しいでしょう。
1時間ほど過ごしましたが、ロケーションもスタッフの対応もよく、多彩な施設群で数日間の過ごせそうな高原リゾートでした。この地に泉源を発見したことでリゾート地と決めたようですが、温泉はリゾート価値を高めているとみました。
アクセスの不便さを放置している理由がよくわかりませんが、悪いアクセスのままにして訪問客を選別しているのかもしれません。開業40年を経て現在の姿があることを考えると地元にファンが少なくなく、リピーターに恵まれているのでしょう。

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谷中平和の碑
「リゾート」を訪れた後も榊原温泉には向かわないで、さらに南下するコースを選びました。もっとも選ぶ根拠は曖昧で、南の方に初めて聞く「名松(めいしょう)線」の初めて聞く終点「伊勢奥津駅」が在り、行ってみることにしました。リゾートから南に出ると、道に狭いかなり険しい杉の森のなかのほとんど林道の県道を走り、峠の交差道路から東に下りました。同じ県道ですが、こちらの方がましでした。
小川の小さな橋を渡ると駐車して休みにちょうとよい場所が在りました。その一角に大きくはない石碑が立っていました。刻まれた字をなんとなく読んでいると先の戦争の終わり頃の以下のとおりの悲しい物語を刻まれていました。
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ネット情報によれば、この場所より少し北にある津の街は、なぜか7回も空襲―無差別空爆―を受けました。そのなかで最大の7月24日に空襲では死者1200人でした。この空襲の参加したアメリカのB29 グループは、落さなかったのか、落とし忘れたのか一個の爆弾が残したのです。はるかかなたのサイパンかテニアンに帰還しようとしたが、機体をできるだけ軽くするため、この爆弾を海上ではなく、谷中(たんなか)の山のなかに捨てたようです。これが子供たちの近くで爆発したと言われています。
小さなことでも戦争の悲劇を語り継ぐことはとても重要です。死者が少なかったから小さな悲劇と言ってよいのでしょか、親御さんにしてみれば大きな悲劇だったでしょう。その谷中の集落は廃村になっていると「三重の廃村ツーリング」が報告しています。

伊勢奥津駅
画像さらに坂を下り「名松線」に沿った県道を南に走り、「伊勢奥津駅」の前に着きました。
名松線は、松坂と名張を結ぶ国鉄の鉄道計画で建設された路線の一部です。この地域では近鉄が早く開業し、国鉄の計画の意義は失われ、計画は頓挫し「伊勢奥津駅」までで敷設工事は終了となりました。「名松線」という路線名に当初の計画が活きているのです。


伊勢街道
画像伊勢奥津駅は普通の山間部の駅舎でしたが、駅周辺に断片的ながら古い町並みが見受けられ、街道の宿場ではないかと思い、駅前で地元に人に聞いたら「伊勢街道」と教えてくれました。帰宅して調べると、「お伊勢参り」の街道はいくつもありました。最もよく知られているのが四日市で東海道から分かれる「伊勢参宮街道」でしょう。この奥津を通る伊勢街道は「伊勢本街道」と呼ばれ、奈良から伊勢に至る街道のなかで最も近道で主要な道とされました。しかし、山道が険しく、北にある距離は長くても歩きやすい「伊勢北街道」がよく利用され、本街道は寂れていったそうです。

名松線
鉄道計画が中断された末端の駅、本街道と呼ばれながらも寂れた元宿場の奥津は、今日まで息長く存在し続けました。1982年の台風で名松線の全線が不通となり、廃線方針が一度出されたのですが、地元の反対運動で廃線対象から外されました。さらに2009年の台風で、再び全線不通となり、JR東海は再度、廃線路線と指名しました。しかし、三重県、津市などが再開に向けた運動を続け、復旧費用についてJRと分担する合意ができ、なんと不通後、6年余にして再び列車が走ったというのです。これは全国的に珍しい事例だそうです。名松線の現在の課題は、地元住民の利用拡大だけでは限界があり、観光客をどう呼び込み乗客数を増やすかということだそうです。もっとも今回の私の旅で車の方がはるかに便利と実感し、地元に名松線存続運動に応えることができなかったようです。

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君ヶ野ダム
伊勢奥津駅から少し南下し、国道368号線(伊賀市・多気町間)に出て、東に走りました。道の駅「美杉」は定休日でした。再び山間部の県道を北に走り、北畠神社の前を通過し、「君ヶ野(きみがの)ダム」(治水の他、農業用、上水道用、工業用の水の確保の多目的ダム)とダム湖の傍を通過し、榊原温泉へまっすぐ向かいました。

不思議な寺と美術館
画像榊原温泉の近くの国道165号線を走っていると「大観音寺」と「ルーブル彫刻美術館」の案内看板を見かけました。チェックインにまだ時間があると寄ってみました。想定内の不思議な建物でした。
宝珠山大観音寺は、1982年に開山した仏教系の独立宗派で、世界一高いという「純金開運寶珠大観世音菩薩」を本尊として、各種ご利益があり、貴石の類を売るかなり現世的営利追及的な宗教法人とみなしました。宗教の名の元、なんでもありの世界を体現しているようでた。拝観料800円を払ってまで観ることはないだろうとすぐ向いの美術館の前に立ちました。
「ルーブル彫刻美術館」は、1987年に開館し、パリのルーブル美術館の彫刻1300点のレプリカを展示しているそうです。ルーブル美術館の許可を得た「姉妹館」とされています。ルーブル美術館の承認を得てレプリカを販売(60万から300万円)しています。創業者の意向も趣味もよく理解できません。入館料1500円を払ってまで観ることはないだろうと、その場を立ち去りました。

イタリア料理店
1日目の宿として予約した榊原温泉「湯元榊原館」でチェックインの時、私の記憶違いで朝食だけの一人旅プランでした。宿は夕食の追加は認めません。農村地帯の温泉街には食堂がないというのです。近くのコンビニで弁当でも買って食べようと出かけました。せっかく津に来ているので、なにか美味いものがないかとJR紀伊本線の津駅の方向に走ってみました。その途中、立派な看板と外観のイタリアレストランを見つけ、夕食に中に入りました。落ち着いた雰囲気のレストランで、客は私一人でした。厨房にシェフが一人、高齢の女性の給仕が一人居ました。
メニューから2000円のコースを注文しました。出てきた料理に驚きました。見た目のセンスが悪く、見た目にも汚いのです。食べても不味い。その後につづく料理も同じでした。最後まで不味い料理でした。まともに食べられたのはティラミスだけでした。
その給仕に聞くと3年前に開店したそうです。後から呼んだネット情報では載っている写真も料理の口コミは悪くはないのです。もっとも最近の情報が古いようです。給仕は母親でシェフが息子さんなのかもわかりません。こうした経験は無ありません。不思議なレストランでした。

榊原温泉
画像榊原温泉は、三重県以外ではあまり知られていないのかもしれませんが、「枕草子」に名前が出てくるそうです。その歴史を活かした「清小納言」という温泉旅館がこの温泉地にあります。こうした背景から古い温泉の「有馬温泉」「玉造温泉」と併せて三大名泉の一つとされています。もっともこれとは別に「三名泉」というグループがあり、「有馬温泉」「草津温泉」「下呂温泉」を言います。どちらにせよ、これらの温泉のなかで知名度では最も劣るのが「榊原温泉」でしょう。知名度が低くてもよい、私の好みに合えばよろしい。しかし温泉街はなく、田園風景に比較的規模の大きな温泉宿が立ちならず「田舎の温泉」の印象でした。

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湯元榊原館
榊原温泉の4軒の旅館のうち「一人旅プラン」があることからの「湯元榊原館」を予約しました。大きな古い旅館でした。私の部屋は3棟のなかで一番古い棟の和室でした。トイレも洗面台も傷みがひどく、こんな部屋を当てがわれたことにささやかな憤りを感じるほどでした。伊東温泉の経験を思い出しました。期待した大浴場も露天風呂も良くもなく悪くもないという程度でした。唯一の救いは朝食でした。この種の旅館では通常、バイキング方式なのですが、川沿いの綺麗なレストランで美味しい朝食を頂きました。ウエイトレスの対応もよく、めずらしい黒っぽい古代米のあっさりしたおかゆも、またよろしい。
(Aへつづく)
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画像説明:地図(@笠置町A南山城村B伊勢神戸駅Cメナード青山リゾートD谷中平和の碑E伊勢奥津駅F君ヶ野ダムG大観音寺H榊原温泉)、笠置温泉笠置館(手前は木津川)、道の駅「お茶の京都みなみやましろ村」(遠景は南山城村の教育関係施設)、伊賀焼の店「土味」の外観、伊賀焼の茶碗(購入した物)、伊賀神戸駅、メナード青山リゾート(一部)、ホテルシャンベールのロビー、谷中平和の碑、伊勢奥津駅プラットホームと列車(これは実際に観た)、伊勢本街道奥津宿の面影(伊勢奥津駅に近い元商店)、君ヶ野ダム(訪れた時も放水していた)、大観音寺の観音像とルーブル彫刻美術館の彫刻、榊原温泉(右手が湯元榊原館、遠景が青山高原で多くの風力発電機が並ぶ)、湯元榊原館の露天風呂の一つ(床などの傷みが気になる)、朝食とレストラン(榊原館)。

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