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zoom RSS 三つの温泉―榊原・昼神・南知多―の旅 C

<<   作成日時 : 2017/06/24 18:46   >>

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4日目

愛知用水
画像4日目も寄り道、遠回りしながら京都へ帰りました。
宿から半島の西海岸を運転していると「愛知用水」を思い出しました。観察に寄りました。中学か高校の社会で習った記憶がある「愛知用水」は、戦後の日本の食料増産計画の一環の大プレジェクトで水が極端に少ない知多半島に灌漑用水路が建設されました。木曽川系にダムを建設しダム湖の水を半島の先端まで送る水路の建設は1957年に始まり、1961年に完成しました。殉職者がなぜか56人と多いようですが、その多くがダム工事で亡くなったそうです。ちなみに1956年に完成した佐久間ダムでは96人が亡くなっています。既に書いたことですが、この時代の土木工事では労災予防の意識が低く、安全対策は2の次で、工事計画の段階で事故死が出ることを想定していたのではと思われます。
愛知用水は、現在、水資源機構が管理し、3つのダムから水が幹線水路(112キロメートル)と支線水路(1012キロメートル)と通して送られ、農業用の他、上水用、工業用と多目的に利用され知多半島の農業だけでなく生活、工業、観光に欠かせない水路となっているそうです。
その水路の一部だけでも観ようとカーナビを頼りに支線水路の一部の傍に着きました。フェンスの内側のコンクリート製の水路に水がゆっくりと流れていました。
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常滑焼
画像さらに海岸を北に走ると沖に空港が見えるきました。知多半島の沖の伊勢湾に造られた人工島の中部国際空港です。その空港に車を走らせていると、いつのまにか「常滑市」に入りました。せっかくだから「常滑焼」を見ておこうと、名鉄常滑駅に近い「常滑市陶磁器会館」に入りました。開館前でしたが中に入れました。ちょ画像っと雑然とした展示ですが、夥しい数の陶磁器―正しくは「b器(せっき)」と言うらしい―です。常滑焼というとまずイメージするのは茶色の急須です。それはごく一部で、この地で作陶する作家や製造会社が従来のイメージにとらわれることなく多様な陶磁器を作り出しているようです。確かに、全国に在る昔からの陶磁器の産地で作風が多様化し、産地間の違いが薄らいでいます。ここ常滑も同じ流れにあるようでした。
会館内の展示物のなかに茶色の植木鉢と同じく茶色で釉薬を塗った漬物容器を見つけました。中年の女性店員に聞くと、これらも常滑焼だとのことでした。調べてみると常滑は土管の産地でもあったそうで、生活用品の植木鉢や漬物用壺も常滑が元祖だと知りました。常滑焼らしい盆栽用鉢を一つ買いました。

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中部国際空港
連絡道路を渡り、2005年開業の中部国際空港は新しい立派な建物でした。この空港も世界的に流行りのガラス張りでした。駐車料金を払ってまで中を観ることもなかろうと、素通りして半島に戻りました。

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熱田神宮
名古屋市内にある熱田神宮は、全国的によく知られていると思われます。例えば、全国大学駅伝のスタートとフィニッシュがこの神宮です。なと折り返し点は伊勢神宮です。この神宮を無神論的立場から見学してみました。
名古屋市内を車で走ると、緑が少ないと気づくのですが、この熱田神宮だけは広い境内に木々が鬱蒼と茂っていました。南側の駐車場に車を停め、幅の広い参道を歩き、三つの大きな鳥居を過ぎると本宮がありました。参道を挟む森のような樹々の空間は、明治神宮に似ているが、規模は一回り小さいと思いました。この神宮は3回の名古屋空襲―無差別空爆―で神社のほとんどが焼失したそうです。現在の森のような姿は70年前の新たな植林によるとは想像できません。
画像祭神は熱田大神(あつたのおおかみ)で、神体を三種の神器の一つ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」とし、これにからめて熱田大神は天照大神と同じと謳っています。この祭神をめぐるもっともらしい話は時代と体制に迎合し、皇室との関係を誇示して、その由緒と威厳を確保したい熱田神社の姿勢と考えます。
こうした祭神と神体に加え、境内には数多くの別宮、摂社、末社が祀られています。さらに大きな鳥居、鬱蒼とした森は、神が居るかのごとく神々しさを雰囲気を作り出しています。優れた舞台装置です。
鳥居の下をくぐる時、その端を歩き、一礼をして進む参拝客の姿を多く見かけました。私にとっては滑稽に見えるのですが、こうした人たちが神々を思い、熱田神宮の参拝で何かを期待する心理はどこからくるのかも無神論的な考察課題の一つです。
当日、東南アジアの観光客と思われる人たちの多くが「おみくじ」の前で行列を作っていました。私はお土産に絵馬のついた「守護矢」を一本買いました(1200円)。魔除けの効能があるとされています。

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河文
よく知らない名古屋にせっかく来てグルメを楽しまない理由はないだろうと、名古屋の本格的な和食の探索に出かけました。ネット情報で例えば、グルメ情報を掲載する「イコットicotto」は、名古屋の老舗料亭を7軒挙げています。昼食も安くなないのですが、リーズナブルな値段で一人でも食べられる店として老舗中の老舗らしい「河文(かわぶん)」を選びました。電話で予約して出かけました。
画像名古屋城に近いオフィス街の真ん中に異質な空間が河文で、緑多い純和風のたたずまいでした。中に入ると和服姿の若い仲居さんが応対してくれました。なぜか靴のまま廊下に上がれ、古い部屋の古い椅子に座って待ちました。ガラス戸越しに狭いながらも手入れのよい庭が見えました。
準備ができたと別の仲居さんが、カウンター式で天井の高い落ち着いた部屋に案内されました。カウンターの中に若い小柄な女性の料理人が夕食の仕込みかかっていました。4種類にある昼食メニューから「花籠弁当」を注文しました。
見事な弁当でした。見た目もきれいで味もよろしい。弁当の他に「先付」と「玉子宝楽」と「ご飯」が付きました。
創業400年の店だそうですが、先の戦争の無差別空爆で料亭のすべてが焼失したそうです。
店は消失しても老舗料亭の伝統は残ったのでしょう。京都の料亭と比べこの老舗らしい、尾張らしい特徴はつかめませんでしたが、スタンダードで立派な料理、料亭した。
この店では若い女性の料理人がやや多いような印象でした。京都の料亭でも女性の料理人はみかけますが少ない。一説によると、女性は料理に向かないそうですが、河文はあえて女性の料理人を育てようとしているのかもしれません。

七里の渡し
画像熱田神宮の参道に大きなパネルが並び、「西暦113年 日本武尊が伊勢の国・能褒野(のぼの)にて薨去(こうきょ)草薙神剣を熱田の地に祀る」時以降の歴史が解説されていました。その中に、熱田神宮の近くの東海道の「宮宿」(または「熱田宿」)に「七里(しちり)の渡し」が在ると写真付きで説明がありました。
これをみて先の旅で桑名を訪れた時、「桑名宿」の「七里の渡し」を観たことを思い出しました。その時、対岸に渡しの宿場があること知り、いずれ観ておきたいと思ったのです。神社の若い神職に聞きましたが正確に教えてくれません。カーナビで検索すると桑名の方の案内しか表示されません。再び、電話で熱田神宮に問い合わせところ、場所について正確な情報は得られなかったものの「熱田区」に在ることがはっきりしました。私はスマホを持っていないので詳しい情報を得るため昔ながらの発想で、観光地図を得るため熱田区役所(熱田神宮の傍に在る)に行きました。区役所の隣が熱田図書館だったの、こちらで観光地図をもらいました。「七里の渡し」は神宮から近くにあり、遺構を活用した「宮の渡し公園」が在りました。

当時は熱田と桑名の湊を隔てる海は遠浅だったらしく、船で4時間ほどかかったそうです(現在、行われている観光クルーズ船で1時半)。七里すなわち約27キロメートルの海を渡ることは安全とはいえず海難事故も少なくなかったようです。この直線コースを嫌う人たちは、熱田宿から木曽川上流の佐賀宿まで歩き、川下りで桑名に向かったそうです。
帰宅後のNHKの「ブラタモリ」でこの渡しを含め、家康の尾張都市計画が紹介されました。

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ナガシマリゾート「湯あみの島」
「伊勢湾岸自動車道」は何回か走りました。その際、ナガシマリゾートの大掛かり建物群をよく観ましたが、これまでに訪れたことはありません。昔、関西のテレビで「長島温泉ホテルナガシマ」のコマーシャルがよく紹介されていましたが、行ってみたいと思ったことは一度もありません。
今回、「ナガシマリゾート」の公式サイトを調べると、地元企業の「長島観光開発」が経営するリゾートは、最も有名なジェットコースターのある「ナガシマスパーランド」、水着で楽しむ「ジャンボ海水プール」、花や夜景を楽しむ「なばなの里」、三つのホテル、さらにショッピングモールの「ジャズドリーム長島」、さらに日帰り温泉の「湯あみの島」からなっているのです。この温泉が大規模なことを知り、寄ることにしました。
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温泉は1963年に地元企業が掘り当て、それを活用して「グランスパー長島温泉」と「ホテルながしま」で開業したのです。2002年に温泉部門を全面リニューアルし「湯あみの島」として再会しました。ジェットコースターは世界一クラスで有名なようですが、目立たない日帰り温泉も日本一クラスで、驚きました。
8種類の大小の浴槽が室内風呂あるいは露天風呂として立体的に配置され、その間を大小の岩―恵那から運んできたという巨岩もある―が配置され渓流風に水が流れ、全体に立派な日本庭園なのです。内外の浴槽も庭園もよく手入れされていました。1日1万トンが湧き出るという豊富が温泉の衛生管理もよいようでした。

これらの「湯あみの島」はいったい誰が設計したのか知りたくなり、フロントで聞きました。富山の庭師だとか、地元の専門の設計事務所だとか、正確な情報は得られませんでした。公式サイトにもそれに関する情報は皆無です。
規模が大きく多様な浴槽と和風庭園を配置する温泉宿もスーパー銭湯も知りません。優れた温泉施設であり、日に日本の温泉文化の一つの姿を示していると思います。
余談ですが、日本の温泉文化は「非日常的時空」と「浴場で誰も裸になること」が根底にあると私は考えています。

なお入浴料は10時の開館から午後3時までは2100円、午後7時までは1500円、午後11時の閉館までは1000円です。もっとも車で来ると高速道路料金(一般道路からも入れる)と駐車料金が加わり出費はかさむみます。また通常は離れた駐車場と温泉施設の間のシャトルバスを使うのですが、私が利用した時は施設の前に車を停めることができました。入浴客は30人ほどでのんびりと入浴を楽しめたのですが、脱衣所のロッカーの数からして相当数の入浴客で混雑することもあるようです。「湯あみの島」を利用する前に情報を得て、判断した方がよろしいでしょう。
ナガシマリゾートを後はいつもの高速道路で帰京しました。総走行距離は約1050キロでした。
(おわり)


画像説明:愛知用水の概略図、愛知用水の水路(これは幹線水路で私が見たのは支線水路)、常滑市陶磁器会館、常滑焼漬物容器、常滑焼の日用品(急須、漬物容器、植木鉢)、中部国際空港ターミナルビル、南門(左)と本宮拝社(右)(熱田神宮)、末社菅原社(同境内、菅原道真を祀る)、河文の玄関(左)とカウンター席(右)、花籠弁当、七里の渡し公園(熱田区)、ナガシマリゾート全景(湯あみの島は右下の一角、左が揖斐川、右が木曽川)、大浴場(左)と露天風呂の一つ(左上に風呂、中央は渓流)。

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