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<<   作成日時 : 2017/07/30 01:12   >>

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7月の2回目の旅では、静岡県伊豆市の「天城湯ヶ島温泉」、山梨県早川町の「甲州西山温泉」、神奈川県箱根町の「小涌谷温泉」の宿と静岡県袋井市のユニークな温泉ではない宿に泊まりました。
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今回の旅の最初の狙いは、「ギネス世界記録」で「世界で最も古いホテル」と認定された温泉旅館「慶雲館」に訪れることでした。ギネスでは温泉宿泊施設としてではなく宿泊施設として現在まで営業が続いていることで世界記録にあげています。もっともこの宿のサイトをみる限り建物は古くはないが、「温泉マニア」として一度は訪れて泊まるべきと決めました。しかし、この慶雲館は、山梨県山間部の早川町に在り、深山の一軒家的旅館です。町内の県道沿いにあるが最も近い国道から片道約30キロの所に在るのです。その先は車で抜ける道はなく、同じ道を戻らなければならないということで訪問を躊躇していました。最終的にこの宿に「一人旅プラン」があり泊まることを決めました。しかしこの宿だけで京都から往復するだけではもったいないと、その前に伊豆天城の湯ヶ島温泉「落合荘村上」、その後に箱根小涌谷温泉の「三河屋旅館」を宿泊先と決めました。ともに国指定の有形文化財の建物を有する温泉旅館です。さらに小涌谷からそのまま京都に帰るのはもったいないと帰路にあたる静岡県で温泉宿を探していると袋井市に初めて知ったユニークな宿泊施設―温泉はない―の「葛城北の丸」にも泊まりました。

1日目

コース
京都からいつもの自動車道―名神、新名神、東名阪、伊勢湾岸、新東名で東に進み、「長泉沼津インター」で無料の自動車道「伊豆縦貫自動車道」に移り、そのまま湯ヶ島に入らないで、国道1号線を箱根側に在る「三島スカイウォーク」に寄った後、「天城湯ヶ島温泉」に向かいました。

いきなりステーキ
先の旅でたまたま寄った伊勢湾岸自動車道の「名鉄刈谷オアシス店」で観た「いきなりステーキ」の店は開店したばかりで、行列も短く、試しにステーキを食べました。1グラム10円の「サーロイン」を50グラム、注文しようと思っていたところ200グラム以上でないと焼かないというので、切れ残りの180グラムとサラダを注文しました。確かに美味く行列ができることを理解しましたが、180グラムは胃に応えました。やはりステーキは私には合わない料理で、しばらく食べることはないでしょう。

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三島スカイウォーク
近頃、旅で人が歩く「吊り橋」を楽しむことが多くなりました。そのきっかけは十津川村の「谷瀬の吊り橋」でした。最近の旅で天竜川や大井川に架かる大小で多様な多くの吊り橋を観ました。歩行者専用の吊り橋というと、わが国で最も長いのは2015年12月に完成した400メートルの「三島スカイウォーク」です。近くまで来たので観ておきたいと訪ねました。地元のアミューズメント企業が、「富士山が見える日本一の吊り橋(正式名称「箱根西麓・三島大吊橋」)」をメインとした娯楽施設を三島市の山麓の国道1号線沿いに開業したのです。その「吊り橋」は只で見えると思っていたら、巧みなことに橋の一部しか見えないのです。やむなく入場料1000円を払って観ましたが、がっかり橋でした。デザインは悪い。橋の下は渓谷ではなく木に覆われた単なる谷でした。富士山が見えると印象は違ったかもしれませんが、曇って山の輪郭もよく見えませんでした。ということで片道400メートル、往復800メートルを渡る意欲は損なわれ、退場しました。
画像少し騙されたような気分でしたが、吊り橋担当の若い女性達には苦情は述べませんでした。
しかし宿に向かう車のなかから私の思いを伝えたいと「スカイウォーク」の事務所に電話すると、若い男性の正社員が応対したので、感想と提案を述べておきました。
提案といのは、日本には世界に誇れるデザインと機能で優れた明石海峡大橋界が在る。また同じ静岡県には大井川や天竜川などに多種多様な生活に密着した吊り橋が在る。「吊り橋」をテーマとした「吊り橋博物館」を園内に開設するというものでした。こうした博物館があれば、教育目的の見学で子供たちも訪れるだろう予測しました。もっとも明石海峡大橋の北の袂に「橋の科学館」が在ることを思い出しました。しかし「吊り橋」に特化した博物館の類は無いようです。

伊豆半島縦貫自動車道
画像三島から南に狩野川沿いに136号線(三島市・下田市間、半島西海岸経由)を下り、伊豆市に入り、先の旅で泊まった修善寺温泉の入り口で左折し、山間部を南下し、国道414号線(沼津市・下田市間、山間部経由、通称「下田街道」)に移りました。
遠方の山腹のところどころで道路工事の現場を散見しました。東名の沼津インターと下田を結ぶ計画の「伊豆半島縦貫自動車道」の工事でその一部は無料開通していますが、全面開通時期はどうも未定らしい。

下田市は、人口減少、観光客減、市内の多くが津波浸水区域で地価下落などが重なり合って財政悪化のため静岡県で初めて「過疎地域自立促進特別措置法」(過疎法)に基づく「過疎地域」に指定され国の財政支援を得ることになるそうだとのニュースを聞きました。この自動車道が下田にとって好材料なのかどうか私にはわかりません。


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落合楼村上
この温泉旅館を宿として選んだのは、ひとつ目は「朝日旅行」が主催する「日本の宿を守る会」で「日本の宿」と指定されていること、ふたつ目は建物が登録有形文化財に登録されていることが理由です。こうした認定を受けた旅館に泊まったことはありますが、認定基準が曖昧で必ずしも「よい旅館」ではないこともありましたが、この「落合楼村上」は予想以上の宿で驚きました。
天城湯ヶ島温泉の元気ない温泉街を抜けその奥に位置する旅館の門を入り大きな玄関の前に車を停めると、すこし若い男性が出てきました。玄関を入ると細工を施したすりガラスの窓と木目を生かした天井の長い廊下の先に、広い和洋折衷のロビーとラウンジがありました。古さを活かした内装はきれいで、庭の木々もほどよく手入れがされていました。案内された部屋は、私一人には広すぎ立派な和室で、広く明るいガラス戸から狩野川の渓谷を観ることができました。
和服姿の若くかわいらしい知的な印象を受ける仲居さんが入ってきて、いろいろな説明を受けました。さっそく二つの大浴場の一つに入りました。昔流行ったらしい表面が荒い岩風呂風ですが、メインナンスはよく浴場全体がきれいでした。湯ヶ島温泉の湯も申し分ありません。サロンからは対岸にみえる白い宿泊棟は、現在使われないでやや朽ち果てた外観ですが、これがなぜか絵になる光景なのです。もっともそこに至る屋根の付いた渡り廊下は汚い外観でした。翌朝、庭に出て敷地内にある吊り橋を渡ると大浴場だったらしい古い木造の建物は一部をサロンとして使われていました。

夕食は別の和室でいただきました。地元の食材を活かしたとても美味い料理でした。地方の旅館でよく経験する「京風もどきの和食」とは異なる料理で優れた料理長を想像しました。翌朝、女将にそのことを伝えると会うことができました。40才代のイケメンの料理人で、京都で修業したことはないことも知り、納得しました。

画像その女将―村上伊津子氏―から「落合楼村上」について話を聞きました。
伊豆半島の北に位置する山間部で狩野川沿いにあるいくつかの温泉の一つである湯ヶ島温泉に1874年、落合楼の前身となる「眠雲楼」の温泉宿が建てられ、その後「落合楼」と改称し、東京のいわゆる「文人達」が訪れ、映画のロケ場所としても利用されました。戦後もこの温泉宿は営業を続けられましたが、経営者が高齢化し建物の維持管理が困難となり朽ち果てつつあったとのことです。その現状を知った伊東で旅館を経営していた村上氏が、2002年に旅館を受継ぎました。傷んだ建物は伊東の従業員らによって修復が図られ、その作業は現在も勧められています。私が気にした「渡り廊下」も近い将来修復したいとのことでした。
この種の古い建物の温泉旅館は維持管理と旅館経営が容易ではないことは私の旅で泊まったいくつかの旅館で知ってきたつもりです。そのなかで「落合楼村上」は間違いなく古さが輝いており、「文化財の宿」と自称するに相応しいと思いました。「温泉文化」に理解ある女将と、優れた料理人がいる「落合楼村上」は伊豆半島の深山でますますその輝きを増していると思いました。とてもお薦めの温泉旅館です。

温泉文化私論
ここで簡単に私の温泉文化論と述べておきます。日本独自で且つ誇るべき文化の一つとして「温泉文化」が育まれてきました。この「温泉文化」の特徴は、一つは「非日常的な異次元の時空を提供すること」であり、もう一つは「浴場で人々が裸で付き合うこと」だと思っています。
「非日常的異次元空間」は、「羽目を外し」「恥をかき捨てる」場として温泉は利用され、「精進落とし」の場も提供してきました。これに呼応して歓楽街があり、温泉芸者あるいはコンパニオンが居て、昔は「遊郭」も在ったようです。また「文人」が逗留して小説を書く場も提供したのも温泉です。こうした温泉文化を低級だとか高級だとか区分けする必要なないでしょう。
これ以上に「温泉文化」の特徴は、内湯や外湯の大浴場で誰もが裸になって付き合うことだと思います。老いも若きも、男も女も、富裕層も貧困層も、楽しみを求める者も死に場所を求める者もその背景と意図に関係なく等しく人間として「裸の付き合い」ができる場所は温泉の他には思いつきません。とても人間的で民主的な時空を提供することも温泉文化の一つであり、最も温泉文化らしい一面だと思っています。また言うまでもなく、温泉文化にはこのほか、とくに温泉旅館に関わる建築、美術、工芸、料理などの分野も関わっています。後日、詳論を展開したい。
なお私のいう「温泉」とは、地下から湧いてくる「温湯」の意味と「熱海温泉」というように「温泉地」を意味します。
(Aへつづく)


画像説明:泊まった3つの温泉宿と1つの非温泉宿の位置(@湯ヶ島温泉「落合楼村上」A西山温泉「慶雲館」B小涌谷温泉「三河屋旅館」C葛城北の丸)、三島スカイウォーク、橋の科学館(外観)、伊豆半島縦貫自動車計画路線図、落合楼村上(右上:廊下、右下:吊り橋(遠景は渡り廊下)、左上:大浴場の一つ、左下:朝食の部屋)、村上伊津子氏。

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